慶長3年(1598)に63歳で亡くなった豊臣秀吉の遺体は遺命により東山の阿弥陀ヶ峰の中腹に葬られその麓には広壮豪華な廟社が造営されました。後陽成天皇より正一位の神階と豊国大明神の神号を賜り慶長9年(1604)八月の太閤七回忌には盛大な臨時祭礼がおこなわれました。その時の様子は重文の豊国臨時祭礼図屏風に描かれています。 この廟社は明治十三年(1880)旧方広寺大仏殿跡にあたる地に再建され別格官幣社として復興されたそうです。
一般に『豊国さん』と人々に親しまれています。毎年正月には御参りに必ず来ています。